2011/02/22

「facebook 若き天才の野望」を読んでfacebookの事を少し考えたりした

先月、ソーシャルネットワークを見に行って
その原作じゃなくて
facebookの若き創業者、
ザッカーバーグにちゃんとインタビューして書かれた本、
「facebook 若き天才の野望」を読む事にしたのです。

facebookは元々ハーバードの学生達が
写真付き名簿をネット上にあげたらええやん!
ってとこから始まり、
いろんな天才達が集まってこのすごいSNSができあがりました。
従って、いろんな外人の名前がどんどん出てきます。
カタカナの名前を覚えるのが苦手な私は
一度本を置くと再度読もうと思うのに時間がかかります。。。
なので、結構時間がかかってしまったよ〜。
そこそこ厚いこの本にしても2週間以上かかってますね(反省
それで
この本、おもしろいかと言えば
どうだろう?
うーん55点ぐらいかな〜?

だけど、これを読んでザッカーバーグがfacebookについてどう思ってるか
わかったような気がしてきました。

アメリカで会社を起こした人って
会社を大きくしてそれを高く売って後の余生を悠々自適に暮らす、
って考え方があるじゃない?
だからfaecbookにも何度も買収の話がどんどん降りかかってきます。
それも全く利益を出していない!うちから
これはすごいビジネスモデルだとばかりに
10億ドルでどう?
とか言われるんよね。
で、他の創業者たちは売るべきだって言う。
だって、その後の人生を変えて余りあるお金だもんね。
だけど、ザッカーバーグは悩んだ末、売りたくないっていう。
なぜなら自分は
こんなすばらしいアイデアをこれから作ることはできないだろう。
それにもっともっとより良いアイデアで
facebookをより良い価値のあるものにできる。
とね。(今や価値は500億ドル以上あると言われています)

よく見るビジュアル通り、ザッカーバーグって本当にお金がいらない人みたい。
前に見たインタビューで孫正義がお金に興味はないけど、
次の事業を薦める武器としてお金は必要
というような事を言ってたけど、きっと同じような考えなんだろうねえ。
だけど、私はどこでもアディダスのスリッパと短パンみたいなのは嫌だな。
極上の装いは必要なくても、相手に対して不快じゃない事も大切だと思うけど。
ま そういうのも ある種の反逆精神なのかもしれないし、
そこまでビッグになったら誰もそんな事を言わないのかもしれない。

映画では金持ちの社交界の人たちへの羨望と妬みを持ったとプライドの固まりのように描かれているザッカーバーグだけど、
本では全く印象が違う。
そういう他人からどう見られるかとか
他人が何をしてるかには全く興味がないように見える。
考えてるのはfacebookがよりよくなることだけ。
元々、映画自体、名前は本当だけどある意味フィクションだと
フィンチャーも言ってるので更にわかりにくくなってるんだと思う。
けど、あれって、名誉毀損とかにならないのかしら?
アスペルガーの様に描かれてるけど本当はそうではないらしいし。
ちなみに映画では一番大きな主題となっている訴訟問題には本文の1割も割いてない。

閑話休題
この上まで書いて風邪を少しひいてしまったんで
時間がたって書きたい事が薄ぼんやりしてきました。
だけど、続きを書くよw

さて、facebookがただのSNSから
革新的で新しいSNSになった第一歩が
自分のフロントページが
ニュースフィード
になったこと。

自分がmixi的にいうとマイミクになった人や会社が
何をしているのか
どんな事をしたのか
写真をあげたのか
プロフィールをいじったのか
そういうことが一覧に出てくるページ。
それがニュースフィード。

んん?
全然新しくないやん。って思ってる貴方!
そうです。
mixiもそうなったでしょ?
というか、mixiがパクリなんだけどねorz
んで、そうなった時に、mixiでもあったように
facebookのユーザーたちが
「わたしたちはストーカーじゃない。
友達の生活をそこまで一々知りたい訳ではない」
と大反対になるんだけど、その後、プライバシーをいじれるようにして
そのニュースフィードは自分の生活になくてはならない
熱狂的に依存してしまうwebサイトになっていくんですよね。
結局はみんな、友達が何をしてるかが気になってる!!!って事。
映画のときにも書いたけど、お仕着せのニュースではなく
自分の興味のあるニュースソースを選ぶ時代になったということ。
それは友達が新しく洋服を買った事も
リビアでカダフィーが声明を発した事も
私がプロフィールの趣味に読書を付け加えた事も
あなたが「おなかがすいた!」ってつぶやいたことも
同等にニュースとして羅列して
眺める時代が来たってことなのよね。
今や、mixiもそんな風になってしまったので、
これがどんなに新しい事かってのはわかりにくいと思う。

新しい事ってしばらくたつとすぐ日常になってしまうから
その最初のキラメキを伝える事って難しいよねえ。
そのニュースフィードが成功してザッカーバーグはfacebookが成功する事を確信したみたい。

どうしてもmixiと比べてしまうんだけど、
facebookとmixiの一番の違いは
実名だけで登録するのか実名以外を認めるのかというところ。

facebookは実名を推奨していてみんな自分の顔写真をアバターにupしてるけど、
それはザッカーバーグのこういう考えかららしい。
実名をあげる事によって発言に責任を持つようになる。
これはわかりますよね。
あと、例えばある夜、私がAさんの誘いを風邪引いたと断って
Bさんと遊びに行ったとするじゃない?
みんなfacebookをしてたらBさんは私とカラオケしてる写真をupして
それに親切にも私の名前をタグ付けしてくれたりするじゃない?
んで、次の日、Aさんがその写真を見て私の嘘がばれて険悪になる!
ってことが起こるじゃない?
そういう事が無くなる世界になるってザッカーバーグは言うの。
つまり、透明性を高めると嘘のない公平な世界になるってね。
これは言うのは簡単だけど、そこまで誰にも嘘をつかずに生きることって楽しいか?って考えさせられるよね。
はっきり言って、しんどいと思う。
それに実名で登録してると探されやすいから
自分の日常をわざわざ知らせたくない人にも友達登録の承認を求められるし。。
それがSNS力のある人ならいいけど、そうでも無い人だとほんと、
めんどくさいのよね(毒

理想論はわかるけど、これっていつかfacebook住人の息がつまんないのかな?

ウィキリークスにしても、
最初は好感をもって私も見てたけど、
今の世界の状態、中東やアフリカで起こってる事を見ると
開けなくてもいいパンドラの箱を開けてしまった後の世界はどうなるのか?を考えて薄ら寒くなってしまいます。
絵本や映画ならそういう時に、
正しい王様が現れて正しい国へと導くのだろうけど
欲や利権や正義や犯罪がうずまく人間界でそのような
真っ当な事が行われるのか?
もちろん、私にはそんな実力もないし、
この人が適切と推薦する事も
代替案もない。
そしてかの国には、私たちの言う所の教育を受けた人が少ない。

世界はこのまま混沌としていって、今は遠い国だから眺めているけど、
少しづつ、私たち仲間の国にも飛び火して気がつくと自国ですら
同じような事が近いうちに興るのではないかとすら思えてきます。

こうやって私もものすごく依存しているweb社会が発明されたことは
何かの終わりの始まりだったのだ
と、後に気がつくような壮大なSF小説がかけるような気がしてきました。

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