明日で、阪神大震災から15年。
早いですね。
人それぞれとも思いますが、
私にとっては、あっという間だったような気がします。
私は、神戸の大学へ通っていて、
寮から一人暮らし、
大学を卒業してからも、
しばらく、習い事に通うために、
そのマンションを借りていたので青春の多感なときを過ごしたのが
神戸でした。
ただ、
あの震災の前の年にそのマンションを引き払って、
弟のいた京都市内から、神戸へ通っていました。
そんなわけで、
あの震災を神戸で経験したわけではありません。
もちろん、友人やお茶の先生が被災したので、
西北から、物資を届けたり、
三田回りの神戸電鉄で会いに行ったりは、していたけれど。
なので、
神戸に住んでいて、
ある程度以上の年齢の人たちは、
1.17が近づくと、あの震災の時のつらかった話をしたり、
神戸にいた前提の、『あの時、どこにおったんや?』話でもちきりになるのですが、
そのたびに
京都にいたんです。と、
申し訳ないような気持ちになります。
結婚してすぐに、
神戸酒心館 という 灘のお酒を観光客相手に販売するところで働いていたときに、
お客さんから
地震のときは大変やったか?
なんて、 よく聞かれたのだけれど、
神戸にいなかったというと、残念がられるので、
相手も真剣に聞いているわけではないし、
途中からはめんどうくさくなって、 大変でしたよ~ 、 と偽ってしまったことも
今から考えると、少々心の傷です。
そんなわけで、
1.17を迎えるときの、自分自身の
身の置き所が、ずっと、わからずにいます。
水を汲みに行ったり、
ガスが通ったり電気がついた喜びを知らない私に、
震災を語ることは許されるのかがわからないのです。
震災前の 大好きだった神戸の町は
大きく、
変わってしまいました。
そして、あの日、
神戸の人たちが厳寒の中、
絶望のにうち震えていたことに想いをはせると、
自然と涙があふれるのです。