長らく書いてきた万博散歩も最終回。
いつ、行ったかというと20日なので、もう10日前ですねw
私が生まれたあたりの日本って
元気だったんだろうなあと
自分が物心ついてない頃のことだったので
楽しく想像します。
この一連の日記の一番最初に貼ったこの動画の人たち↑
中でも、万博へ行くために2万円の積み立てで
郵便局が募集した万博へのバス旅行へ行く人達の
純真で屈託のない笑顔。
マヤの石像に帽子を取って深々と頭を下げるおじさん。
見てるだけで気持ちが和らぎます。
私たちはその後、技術革新という名の元、
大量に電気を使いインフラを整備し
親世代が真面目に仕事をして
この日本を作り上げてきました。
その上、私たちは溢れるほどの情報をあびて
取捨選択することも覚え、
また、発信する道具も手にしました。
人類の進歩と調和
は
あの70年のエキスポのテーマで
今振り返ると進歩はしたけど
人類は進歩したのだろうか
調和についてはを途中から考えない事にしていたのではないかと思います。
あの
中身がどうなってるのかが全くわからない原発を取り巻く
上層部の人たちは調和を考えてたのだろうか?
私たちは人としてよりよく考え進歩していたのだろうか
もちろん誰かみたいに
天罰とは言わないけれど
人類の進歩と調和について
今一度考えなくてはいけない時期に来ていることは確か。
簡単に答えがでる物ではないけれど、
私も流されないでじっくり慎重に考えて行きたいと思っているのです。
2011/03/31
2011/03/28
知の巨人とお供した人 par2
その、ウメサオタダオ展ですう。
疲れておりました。
朝早くから広大な万博公園内を歩き回り、
3つの博物館を写真を撮りながら見て
4つ目です。
民族学博物館の中、別の入り口から
特別展示館へ入ります。
いつもある時ばかりではないのですが、
ここの特別展示館の企画展はとてもおもしろい展示が多いのですが、
このウメサオ展もとっても興味深い展示。
だけど、私は疲れて写真を1枚しか撮らなかったので
この公式の動画を
雰囲気がわかるでしょう?
ART系ではなくて
文化系の展示ってどうしても文字ばかりになるから
専門家でないと
全然おもしろくないものが多いんだけど。
「ウメサオタダオ展は文化系の展示としてはものすごく興味深い展示になっていた。フィールドノートやカードのコピーがラミネート加工してあって触 れるようになっていたり、先生の言葉が大きくぶら下がっていたり、もちろんオリジナルの資料も見れるようになっている。几帳面、そして知の巨人。」
↑と、帰ってきてツイートしてる。
正直記憶と気持ちが薄れてきたのでその時のアツイ気持ちを
ツイログから載せてみたw
先生の考案したカードもあって、
そこに感想を書くようになっていたんだけど
それも出来ずじまいで今となっては残念。
あそこだけをゆっくり見る事ができたならもっと深い感想が書けたのになあ。
先生の言葉には
はっとさせられる文言が多く、
そこがあそこまで人々を引きつける人であったのだろう。
言霊がそこには感じられたのでした。
最後に唯一撮った写真を載せておきます。
まとめはひつこいけど
また書くよw
疲れておりました。
朝早くから広大な万博公園内を歩き回り、
3つの博物館を写真を撮りながら見て
4つ目です。
民族学博物館の中、別の入り口から
特別展示館へ入ります。
いつもある時ばかりではないのですが、
ここの特別展示館の企画展はとてもおもしろい展示が多いのですが、
このウメサオ展もとっても興味深い展示。
だけど、私は疲れて写真を1枚しか撮らなかったので
この公式の動画を
雰囲気がわかるでしょう?
ART系ではなくて
文化系の展示ってどうしても文字ばかりになるから
専門家でないと
全然おもしろくないものが多いんだけど。
「ウメサオタダオ展は文化系の展示としてはものすごく興味深い展示になっていた。フィールドノートやカードのコピーがラミネート加工してあって触 れるようになっていたり、先生の言葉が大きくぶら下がっていたり、もちろんオリジナルの資料も見れるようになっている。几帳面、そして知の巨人。」
↑と、帰ってきてツイートしてる。
正直記憶と気持ちが薄れてきたのでその時のアツイ気持ちを
ツイログから載せてみたw
先生の考案したカードもあって、
そこに感想を書くようになっていたんだけど
それも出来ずじまいで今となっては残念。
あそこだけをゆっくり見る事ができたならもっと深い感想が書けたのになあ。
先生の言葉には
はっとさせられる文言が多く、
そこがあそこまで人々を引きつける人であったのだろう。
言霊がそこには感じられたのでした。
最後に唯一撮った写真を載せておきます。
まとめはひつこいけど
また書くよw
2011/03/27
知の巨人とお供した人 par1
長々かいていますが
ばんぱく散歩つづき
今回の万博散歩の一番の目的は
ウメサオタダオ展へ行く事だったのです。
みんぱくの入り口に入ろうとした時
研究者と話そう。
「1981年12月、梅棹先生ご夫妻のお供をした
モスクワ•中央アジアの旅
話者:加藤九祚(名誉教授)」
との看板が。
みんぱくの中のその講演会場を20分ほど前に通りかかると
老教授風のおじいさんが若い研究者2人とぽつんとたっておられ
少し寂しそうな雰囲気。
もしかしてお客さんが来ないのじゃないかしら?
言葉には出してなかったんだけど
なんとなく不安にかられた私たちは
その会場へと始まる少し前に行ってみたのでした。
すると満杯の受講者!!
奇跡的に2席があいており、私たちはそこへ座ったのでした。
おじいさん教授が出てきて
旅のスライドとお話が始まりました。
んんんん?
私たちはウメサオ先生とのエピソードがたくさん語られるのかと思いましたが
老教授の研究発表?
というよりも
旅で見てきた物をあんまり上手くない写真で
ただただ説明する。。。みたいな。
親戚のおじいちゃんが海外へ行ってお土産をもらいに行ったら
写真をめちゃくちゃ見せられたような感覚?
それもあんまり興味のない トルクメンとかキルギスとかw
途中からは眠くなってうとうと。
まあ朝から活動してたし疲れも半端ない感じだったんだけどねw
梅棹先生のエピソードはどうしたん??
と思ってたら最後の10分ほどかけあしで
先生ご夫婦の写真を何枚か紹介しただけで終了。
ちょっと思ってたのとは違ったなあ。
体力回復はできたけど。
(しかしこの先生は民族学会では有名人だそうです )
その老教授、加藤先生の話を聞いていると
民族学って外国へ行ってお土産を買ってきてそれを並べて
旅行記を書くのと何が違うんだろう?
それをつきつめたものが民族学って言うんじゃないかと思えてきたのです。
昔は、外国へ行ける人は恵まれた人か頭のいい人かのどちらかで、
そんな遠い国の話を伝えることがありがたがれたのでは?
まるでおとぎ話のように。
最近は民族学は文化人類学に名前を変えているようだけど
今はネットもあるしweb上ではどんな物でも見れる。
そう考えると世界はどんどん小さくなるし
グーグルストリートビューでどこへでも行ける(ような気になるw)。
もしかしたら民族学は仕事を終えたのではないかしら?
と、ネットだけ見てたら思えそうだよね。
だけど、やっぱり世界に出てみるとブラウザ上で見てるのとは全然違うし
みんぱくに並べられた物達を実際に見ると
それたちが何かを語りかけてくれそうな気がする。
それがチープなものだったり
素朴すぎるものであっても。
これからの民族学は紹介者ではなくて
このグローバル化した社会の共生の仕方を
民族の違いを容認しながら考える。。。みたいな事をやっていくのよね?
違う?間違ってたら教えてw
みんぱく内はこの講演をはじめ
うめさお祭!で
民族学者 梅棹忠夫の眼
って写真展とかもありました。
流石、民族学者。
人物の写真ばかり。いい顔です。
そして。その日最後の博物館。
ウメサオタダオ展!
みんぱくの別の入り口から入る特別展です。
ばんぱく散歩つづき
今回の万博散歩の一番の目的は
ウメサオタダオ展へ行く事だったのです。
みんぱくの入り口に入ろうとした時
研究者と話そう。
「1981年12月、梅棹先生ご夫妻のお供をした
モスクワ•中央アジアの旅
話者:加藤九祚(名誉教授)」
との看板が。
みんぱくの中のその講演会場を20分ほど前に通りかかると
老教授風のおじいさんが若い研究者2人とぽつんとたっておられ
少し寂しそうな雰囲気。
もしかしてお客さんが来ないのじゃないかしら?
言葉には出してなかったんだけど
なんとなく不安にかられた私たちは
その会場へと始まる少し前に行ってみたのでした。
すると満杯の受講者!!
奇跡的に2席があいており、私たちはそこへ座ったのでした。
おじいさん教授が出てきて
旅のスライドとお話が始まりました。
んんんん?
私たちはウメサオ先生とのエピソードがたくさん語られるのかと思いましたが
老教授の研究発表?
というよりも
旅で見てきた物をあんまり上手くない写真で
ただただ説明する。。。みたいな。
親戚のおじいちゃんが海外へ行ってお土産をもらいに行ったら
写真をめちゃくちゃ見せられたような感覚?
それもあんまり興味のない トルクメンとかキルギスとかw
途中からは眠くなってうとうと。
まあ朝から活動してたし疲れも半端ない感じだったんだけどねw
梅棹先生のエピソードはどうしたん??
と思ってたら最後の10分ほどかけあしで
先生ご夫婦の写真を何枚か紹介しただけで終了。
ちょっと思ってたのとは違ったなあ。
体力回復はできたけど。
(しかしこの先生は民族学会では有名人だそうです )
その老教授、加藤先生の話を聞いていると
民族学って外国へ行ってお土産を買ってきてそれを並べて
旅行記を書くのと何が違うんだろう?
それをつきつめたものが民族学って言うんじゃないかと思えてきたのです。
昔は、外国へ行ける人は恵まれた人か頭のいい人かのどちらかで、
そんな遠い国の話を伝えることがありがたがれたのでは?
まるでおとぎ話のように。
最近は民族学は文化人類学に名前を変えているようだけど
今はネットもあるしweb上ではどんな物でも見れる。
そう考えると世界はどんどん小さくなるし
グーグルストリートビューでどこへでも行ける(ような気になるw)。
もしかしたら民族学は仕事を終えたのではないかしら?
と、ネットだけ見てたら思えそうだよね。
だけど、やっぱり世界に出てみるとブラウザ上で見てるのとは全然違うし
みんぱくに並べられた物達を実際に見ると
それたちが何かを語りかけてくれそうな気がする。
それがチープなものだったり
素朴すぎるものであっても。
これからの民族学は紹介者ではなくて
このグローバル化した社会の共生の仕方を
民族の違いを容認しながら考える。。。みたいな事をやっていくのよね?
違う?間違ってたら教えてw
みんぱく内はこの講演をはじめ
うめさお祭!で
民族学者 梅棹忠夫の眼
って写真展とかもありました。
流石、民族学者。
人物の写真ばかり。いい顔です。
そして。その日最後の博物館。
ウメサオタダオ展!
みんぱくの別の入り口から入る特別展です。
2011/03/24
世界一周ぐらい疲れるけれど
ばんぱくさんぽ続き。
初代館長が梅棹忠夫先生であった民族学博物館は
万博に行けなかった私には
この博物館ができたことが万博の意義でもあったのではないかと
思ってしまうとても楽しい場所です。
ウィキによると
「1970年に開催された日本万国博覧会では、岡本太郎がチーフプロデューサー・小松左京がサブ・プロデューサーを務めるテーマ館に世界中の神像 や仮面、生活用品などを陳列するため、東京大学教授の泉靖一と京都大学教授の梅棹忠夫らが中心となって、世界中から資料を蒐集していた。
万博終了後に、「国立民族学博物館」の設置が決定された。1974年に改正国立学校法施行により、大学共同利用機関として創設され、梅棹が初代館長に就任した。」とのこと。あるべき所にある博物館です。
民族学博物館、通称みんぱくは老若男女が
文化人類学とか民族学とか
そういう難しい学問ことを全く考えずに楽しめられる。
そして、地球に住んでいる人々に思いを馳せれるところです。
何回も言ってるけど、とりあえず言いたい事はめちゃくちゃ広い。
元気でない時はやめたほうがいい。
圧倒的な物量とそれを補助するビデオテークとを交互に見ながら
その上、写真撮影可なので写真を撮りつつ
うろうろ博物館内を歩いていると
出口がないのではないかと思ってしまうほど。
今回も
全部見たな〜。
と、思ったけど館内地図を見たら
中国〜韓国〜日本の東アジアを全く見れてなかった。
見れてないけど、疲れてたから出てきたw
ってぐらいです。
(でも、本当は東アジアのコーナーもすごくおもしろい。
日本のコーナーでは祭りのゾーンとかアイヌの文化とかものすごく興味深いのよ。)
とりあえず地球は広いってこと。
たくさんの人がいろんなところで住んでるってこと。
そういうことを疲労と共に実際に体感したような気分になる場所が
みんぱくなのです。
多様性を示すために?写真をどんどんupしてみました
初代館長が梅棹忠夫先生であった民族学博物館は
万博に行けなかった私には
この博物館ができたことが万博の意義でもあったのではないかと
思ってしまうとても楽しい場所です。
ウィキによると
「1970年に開催された日本万国博覧会では、岡本太郎がチーフプロデューサー・小松左京がサブ・プロデューサーを務めるテーマ館に世界中の神像 や仮面、生活用品などを陳列するため、東京大学教授の泉靖一と京都大学教授の梅棹忠夫らが中心となって、世界中から資料を蒐集していた。
万博終了後に、「国立民族学博物館」の設置が決定された。1974年に改正国立学校法施行により、大学共同利用機関として創設され、梅棹が初代館長に就任した。」とのこと。あるべき所にある博物館です。
民族学博物館、通称みんぱくは老若男女が
文化人類学とか民族学とか
そういう難しい学問ことを全く考えずに楽しめられる。
そして、地球に住んでいる人々に思いを馳せれるところです。
何回も言ってるけど、とりあえず言いたい事はめちゃくちゃ広い。
元気でない時はやめたほうがいい。
圧倒的な物量とそれを補助するビデオテークとを交互に見ながら
その上、写真撮影可なので写真を撮りつつ
うろうろ博物館内を歩いていると
出口がないのではないかと思ってしまうほど。
今回も
全部見たな〜。
と、思ったけど館内地図を見たら
中国〜韓国〜日本の東アジアを全く見れてなかった。
見れてないけど、疲れてたから出てきたw
ってぐらいです。
(でも、本当は東アジアのコーナーもすごくおもしろい。
日本のコーナーでは祭りのゾーンとかアイヌの文化とかものすごく興味深いのよ。)
とりあえず地球は広いってこと。
たくさんの人がいろんなところで住んでるってこと。
そういうことを疲労と共に実際に体感したような気分になる場所が
みんぱくなのです。
多様性を示すために?写真をどんどんupしてみました
日本のかっこよさ
万博散歩つづき。
万博には大阪日本民芸館 という美しい建物があります。
日本民藝協会のHPによると
『昭和45年の大阪万国博覧会に「暮らしの美」をテーマに日本民藝館が出典参加。万国博終了後も引き続き昭和47年に開館、現在に至っている。
収蔵品は、約4500点。個人作家作品を中心に収蔵している。
日本民藝館と大阪日本民芸館の収蔵品を中心に展示替を行い特別展を開催。 』
民藝の本家本流、初代館長が濱田庄司で現名誉館長が柳宗理という
本物中の本物です。
ここに民芸館があるのは知っていたのですが、
いつも先にみんぱくへ行ってしまい、
へとへとに疲れて
たどり着くことができずにいました。
なので、初めての来館です。
どしりとして静かな門構え。
墨の黒と漆喰の白。
たっぷりとした大きさの鉢と壷。
茫々として素朴なしつらえ。
館内に入るまでのアプローチに足を踏み入れただけで
民芸館のセンスの良さにひれ伏したくなります。
ちょうど民藝運動の作家達の一人、
芹沢銈介展をやってました。
彼の名前は知らなかったんだけど、
作品を見ていると既知の作品がいっぱい。
型染めで沖縄の紅型を洗練させた雰囲気で民藝ぽいなあ(うっとり)
と 思ってるやつ、
今、あなたの頭で変換されたもの。
それは全部、芹沢銈介の作品である、と言っても過言ではありませんよw
(ちょっと乱暴?)
作品達はとても身近な美しさがあり親密さをもって眺める事ができます。
展示されているケースが棚状のものも
ガラスケース状のものも、
立派な欅で美しく、反対から見ても棚の裏側まで丁寧な仕事で
日本の建具師の立派な技を見る事ができます。
(館内の写真は不可)
民藝運動とはファインアートだけに目を向けるのではなく、
無名の工人の作になる日用雑器にこそ美しさは宿るということを提唱した運動で
収集された作品には
真面目な日本の(ある年代までの)職人の腕の確かさの中の無欲の美を
感じる事ができます。
身の丈にあったというか
無駄のないというか
格好をつけない「にっぽんのかっこよさ」がそこにはあるのです。
これは私たちが近年、忘れてしまった
いや
忘れようとしていたことなのかもしれないと思ったのでした。
しかし、民芸館のミュージアムショップの充実していて
家の近くにあったら反対に物欲だらけになってしまいそうな
品揃えでした
(反省
民藝の作品たちは同じ感性を持った私たちを
あたたかい優しい気持ちにさせてくれます。
万博公園に寄られたときは
ぜひ、こちらも眺めてみてください。
万博には大阪日本民芸館 という美しい建物があります。
日本民藝協会のHPによると
『昭和45年の大阪万国博覧会に「暮らしの美」をテーマに日本民藝館が出典参加。万国博終了後も引き続き昭和47年に開館、現在に至っている。
収蔵品は、約4500点。個人作家作品を中心に収蔵している。
日本民藝館と大阪日本民芸館の収蔵品を中心に展示替を行い特別展を開催。 』
民藝の本家本流、初代館長が濱田庄司で現名誉館長が柳宗理という
本物中の本物です。
ここに民芸館があるのは知っていたのですが、
いつも先にみんぱくへ行ってしまい、
へとへとに疲れて
たどり着くことができずにいました。
なので、初めての来館です。
どしりとして静かな門構え。
墨の黒と漆喰の白。
たっぷりとした大きさの鉢と壷。
茫々として素朴なしつらえ。
館内に入るまでのアプローチに足を踏み入れただけで
民芸館のセンスの良さにひれ伏したくなります。
ちょうど民藝運動の作家達の一人、
芹沢銈介展をやってました。
彼の名前は知らなかったんだけど、
作品を見ていると既知の作品がいっぱい。
型染めで沖縄の紅型を洗練させた雰囲気で民藝ぽいなあ(うっとり)
と 思ってるやつ、
今、あなたの頭で変換されたもの。
それは全部、芹沢銈介の作品である、と言っても過言ではありませんよw
(ちょっと乱暴?)
作品達はとても身近な美しさがあり親密さをもって眺める事ができます。
展示されているケースが棚状のものも
ガラスケース状のものも、
立派な欅で美しく、反対から見ても棚の裏側まで丁寧な仕事で
日本の建具師の立派な技を見る事ができます。
(館内の写真は不可)
民藝運動とはファインアートだけに目を向けるのではなく、
無名の工人の作になる日用雑器にこそ美しさは宿るということを提唱した運動で
収集された作品には
真面目な日本の(ある年代までの)職人の腕の確かさの中の無欲の美を
感じる事ができます。
身の丈にあったというか
無駄のないというか
格好をつけない「にっぽんのかっこよさ」がそこにはあるのです。
これは私たちが近年、忘れてしまった
いや
忘れようとしていたことなのかもしれないと思ったのでした。
しかし、民芸館のミュージアムショップの充実していて
家の近くにあったら反対に物欲だらけになってしまいそうな
品揃えでした
(反省
民藝の作品たちは同じ感性を持った私たちを
あたたかい優しい気持ちにさせてくれます。
万博公園に寄られたときは
ぜひ、こちらも眺めてみてください。
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