2010/10/11

ベベチオとはやんのこと

ベベチオとは
ボーカル&ギターの早瀬くんとベースとコーラスの平良君の2人組で
私がやっている店には何度か来てくれたり
早瀬君にはLIVEをしてもらったり
マネージャーさんにはDJしに来てもらったりと
浅からぬ関係と勝手に思っている。

そう書くとちょっとそこらのうまいお兄ちゃんduoと思われそうだけど
彼らはメジャーデビューしているし
映画の主題歌やCMのイメージ曲も歌ったりと
ちゃーんとしたシンガーなのである。(何か、変な言い方だけど)

そんな彼らの10周年を祝うライブが
彼らの発祥の地、川西で行われた。
昨日の事。

彼らはおもしろいスタートを持っていて
まだアマチュアだったころ、
最初にLIVEを定期的に行ったところが
美容院deluxlamなのだ。
川西の美容院なんていうと、少しもっちゃりとした場所を想像してしまいそうだけど(失礼)
とってもおもしろいセンスのある空間で、
お昼間に行った事はないのでどうなるのかはわからないけど、
夜のLIVEの時は照明といい、ムードといい、
少しおとぎの国の世界のような気分になる。
それに早瀬君(はやん)の歌が入るともっと、気持ちよくて
それは少し眠たくなってしまうほど。
昨日も3回にわけて1秒づづほど多分寝た。

はやんの声は魔法の声で
甘い所は甘く(だけど芯はしっかりしていて)
声をはりあげても決してうるさくない。もっと心に刺さる。
好きな曲はいっぱいあって
私にとっては、何度もLIVEに行ってるけど同じ歌で何度も感動する。
初めての曲を聴いても心にすとんと入ってくる。
なぜなら、どんな言葉を歌っているのかが良く理解できるから。
それは滑舌がいいというのとはちょっと違う。
彼の場合は、その言葉の後ろ側に何を語りたいのかまでわかってしまうのだ。
もちろん、CDでもそれはよくわかるけど
ライブで聴いたらそれはそれは、凄まじいほどに心にぶつけられるのだ。

ここでは
ちよこれいとをあげておく


聴きながら読んでもらえたら。

そんなライブが昨日、あった。

昔の曲からまだ発表していない曲まで。
前もそうだったんだけど、シャンプー台に座って
彼らの斜め後ろ、うなじの辺りから見た。

はやんは有り余るほどの才能と
とんでもなく回転する頭と
どんなことにも負けない瞬発力をもってる男の子だ。
そしてキュートで
話し上手でエロ話も得意で
その上、待てる男だ。

前にももよんちゃんの個展のソロライブで
彼女の絵、待つ男、の前で歌ってたけど、
本当によく似合ったな。

彼は1人でなんでもできるのに
友人に対する尊厳と暖かさを忘れない。
そして、きっと怒るのがうまい。(見た事はないけど)
そして友人達を、待つ。
できあがるまで、待つ。

彼はこの10年、何度もくじけそうになったけど、
最後に傷ついたときに
そのときにこの歌を作ったと
『つづく』という意味のタイトルの歌を歌った。
。。。まだ、リリースしてないのでタイトルがうる覚え。ごめん。

力強く、
生きて行く事は一つの物語が続いて行く事なのだ。という歌を。
泣きそうになった。
彼のこれからの決意表明みたいな歌だった。

はやんのことばかりを書いてしまったけど、
平良君にも素敵なところがいっぱいある。
はやんのいない所でもすっごいはやんをほめる。
2番手になることが潔くできる、やさしい男の子。
彼のエピソードで昨日、はやんがいってた
高校のときに初めてはやんがこんな歌を歌っている、と
たいらくんに聴かせたとき、
帰ってから
すごいええやん!ってメールが来たってとこ。
その初めて歌った歌はモモンガっていう
すごくメロディアスだけどちょっぴり変わった歌。
もちろん、ベベチオとして聴くにはものすごく感動するんだけど、
それを一高校生が友人にオリジナル曲として聴かせたら、
普通の子なら??となって理解できないんじゃないかと思うのだ。
そこを、たいらくんは素直に受け入れて賞賛した。
ものすごく純粋で心が綺麗な男の子だ。
それは今も変わらない。

2人はとても仲良しで
はやんのブログのたいらくんの写真を見るたびに
うらやましくなる。

はやんのブログのたいらくんはいつも何かを食べてるか寝てるかだ。
すごい、かわいい。
それを撮ってるはやんの顔も想像つく。
きっとすごくかわいい。
2人のチームワークと一馬くんの指し色でずっと
このままでいて欲しい。と、思う。

だけど、
本当は私がそんなこと言ってはいけないのかもしれないけど、
一つだけ言いたい事があったりする。

ベベチオが10周年になったのだから、
ファンも少し、積極的になっても
いいんじゃないかしら?
例えばネットで彼らの素敵さを伝えたり
twitterではやんやたいらくんとお話したり
そしてライブでもっと盛り上がったり!
椅子にちんと座ってるだけでなくて
こんなにベベチオが好きなんだよ。というのを
もっともっと表現したらいいと思う。

はやんも時には
立って踊ろうぜ、って
促してもいいんじゃないかな?
ファンとしてもちょっとづつ成長して行きたい。
なんて言ってみたいそんな夜だったのでした。

写真はベベチオの聖地

ベベチオ HP http://www.bebechio.com/

2010/10/09

Evernoteと知的生産の技術

どれぐらいかかっとんねん!
と、思われる人もいると思いますが
やっと、国立民族学博物館の元館長の梅棹忠夫先生の
知的生産の技術を読み終えました。
新書をよむのが苦手w

この本は1969年に書かれた新書で
学校では知識は教えてくれるけど
メモのまとめ方、
カードの利用法、原稿の書き方など
その知識をまとめてわかりやすく保管する方法は教えてくれない、
そこで知の大家の先生が
その方法を伝授するという内容です。

もちろん、その頃は、パソコンなんてあるはずもなく、
もちろんワープロも
そして
そこで出てくる和文の平仮名タイプライターすら出始めたかどうかの時代。

その当時の先輩からメモをつけなさい。
と言われてた先生、どうしてもノートのどの部分にそれを書いたのか?
わからなくなりますよね。
私もよくあります。
その上、慌ててメモってとるので字が汚いっw
先生はいろいろと考えてこのような方法を編み出します。
B6版(12.8x18.3cm)のカードを用意しそこに経線を書きます。
それもノートなんかのペラペラした紙ではなく、厚紙とはいわないけど画用紙ぐらいの厚さの紙。
なぜならカードはボックスに入れて何度もくるから。
保存するだけではなく、何度も活用するためにつくるのです。

このカード、私も最初にきいたときはちょっと大きすぎると思ったけど、
これより小さすぎるとたくさんの物事を書く事ができない。
小さなメモだと何枚もに渡ってしまうことってあるでしょ?
そして先生のルールとして
一項目1枚。
例えば
『円周率』
通常3.14
ということだけを書くカードがあったとしても、
もったいないと思ってその横に他の事を書いてはいけない。
なんでも気になった事は1項目づつ、カードに書く。
何でも例えば日記でもカードに書く。
手紙も複写してカードに記しておく。
本の感想も書く。
覚えるために書くのではないと先生は言う。
忘れるために書くのである、と。

それはまるで現在のパソコンのファイルをアナログでやっているのと同じです。
かと言って、現代人が(というよりも私が)
先生よりも簡単に早くパソコンを使って
昔記したファイルから探したい事柄を探せるかというと
それは全くなく、いつも
あれってどこだったんだろう??
と探してばかりの宝の持ち腐れ。

私は、はたとこの本を読んで理由がわかりました。
理由は簡単、ファイルを作るときのタイトルに不備があり
そしていろんな物に書き過ぎているということ。
私はあるときは机の上のメモ用紙に何かをかきつけ、
そしてあるときは何でも書く用のノートに
あるときはiPhoneのメモアプリに
そしてパソコンでもテキストエディタに。
とバラバラ。
そしてPC的なものに書き込むときも面倒くさがりの私は
曖昧で中途半端なタイトルの付け方をしていたのです。

ご存知の方もおられるとは思いますが
何台ものパソコン、スマートフォンタイプの携帯電話、
iPadなどの全ての機器で互換性を持って使えるweb上のメモに
Evernote があります。
http://www.evernote.com/about/intl/jp/
日本語版では
すべてを記憶する
が、コピー。
メモから写真、ボイスメモなど
無料で1ヶ月40Mまで使えるのです。
この容量はかなりのもので使い切る人は素人では難しいのでは?

最近私は今までIDをとるだけでほったらかしていたEvernoteを再開し、
メモを書くときは
できるだけ
机の上の紙に手を伸ばさないようにして
Evernoteに丁寧で詳しいタイトルをつけて上げるようにしました。

おかげで最近の事柄に関しては
探しまわらなくてもいいようになってきました。
この本のおかげです。
梅棹せんせいのように几帳面にはできないけど
ものぐさな私でもこの方法ならなんとかなる!のです。

先生の開発したカードは当時、
先生の周りの研究者たちにどんどん広まり、
いつのまにか
京大型カード という名前をつけられて市販されるようになったそう。
(その当時、先生は京大の教授だったので)
今でも京大では売ってるのかと思って調べていたら
アマゾンでも売っている!

この大きさ、帳簿の伝票で使われてるのと同じで
見出しカードやファイルボックスまでなんでも揃っているのがいいところだとか。
カードのいいところは論文を書くときに
書きたい事の考えが書かれたメモを
机の上に並べ、順番を付けたり、
どれとどれを一緒に書くか、また重複した事を省くなどを
目の前でできること。
これは、Evernoteではできないな。
だけど、私は論文を書く事がないからそこは大丈夫かと

写真は
梅棹先生が館長だった民族学博物館の楽しい展示風景


******
知的生産の技術 梅棹忠夫
岩波新書

奈良へ

友人の個展を見るために、
奈良市のギャラリーへ行ってきました。
今日しか行く日がない!えいっと
昼過ぎに家を出て
阪神電車で奈良まで。
(最近は阪神電車は近鉄と連結したのでそのまま行けるのである)
でも、1時間半ほどかかる。
奈良の友人がよく遊びに来てくれてる事に感謝☆



そのあと、せっかく奈良に来たんだしということで
猿沢池



フォトそして
興福寺へ。


思い立って急に来たので完全に忘れていたのですが、
興福寺は今、建立1300年で
それを記念して中金堂を天平時代と同様に新築中。
フォト
というわけで、あのお江戸にあのイケメンが出張してたんですよ!
ほんで、江戸の女子たちがわんさか何時間も待って訪れたという

その
いけめん!
阿修羅像!が
国宝館に帰ってたんですよっ。
それも、全然待たずにみれたんですよっ。

私、どうも興福寺イメージが
あの仏頭で、阿修羅感を持ってなくて目の前でやっと気づいたという。。。
お恥ずかしい。
もちろん、私の好きな興福寺の国宝、仏頭もありました。
これらは写真を撮れなかったので
阿修羅手ぬぐいの上に2枚の絵はがきを写してみました。
フォト

阿修羅ブームはすごいね。
阿修羅グッズがいっぱい!
なのに、私の前のレジに並んでいたおばちゃんが
『阿修羅キーホルダーはないんですかっ』って聞いてた
売店のねーちゃんは疲れてるのか、にこりともせずに
『すとらっぷならありますけど』といやそうに答えてたけど、
おばちゃんにかわいそうやろ!

興福寺の人は阿修羅に対して昔からあるから平常心なのか
どこにも
「あの!阿修羅像あります」的な文言もポスターもないんだよ。
国宝館って書いてあるだけ。

流石、奈良!
歴史が違うからブームに流されない!

私は得した気分で帰ろうと思っていると近鉄奈良駅へ向かう沿道に
日の丸と「ようこそ我が県へおいでくださいました」の
もっとものすごく丁寧な言葉の横断幕とものすごい警備の警察が。
どうも、皇族の誰かが来られるような雰囲気。
帰ろうかとも思ったんだけどちょっと気になって、
駅ビルの3階のサイゼリアへ。
おなかもすいたしちょっと何か食べてワインを飲んでたら。
うわ〜〜〜。
という歓声と共に
ゆっくりと警備された車。
何台目かの車の窓が開いていて、
なんと天皇陛下が乗っておられたのです。

うわ〜〜〜、と外に向かって叫ぶサイゼリアの客、
私も立ち上がって窓から自然と手を振ってたら
陛下が私に手を振ってくれた。。。。ように見えたのです。
感激。
恐れ多くも私は上から陛下を見下ろす形になってしまって、本当に申し訳ない。
それもワイン飲んでたしw

うちの実家の父は昭和天皇の写真を飾り
日の丸を祝日にかかさずあげるタイプの人だったので
素直に感激しました。
偶然に感謝。

今日は偶然が何度もあったな〜。
いい天気だったし、
見るべきところはいっぱいあるし、
今度は早起きして奈良へ行こうと
お土産に柿の葉寿司と三笠山ぐらい大きい大三笠をかって帰って来たのでした。

フォト
最後の写真は興福寺の金堂の外壁にかけてあった字たち。
この感じ、なんだか古くてありがたい文字をそのまま模写したように
見えませんか?
近づいてみてびっくり!
小学生の字なの。
かわえええ

2010/09/28

80年代というか90年代というか

私が青春だったのは
80年代の終わりの方から90年代。

その頃よりも少し前、
夏なシティーポップ?
アーバン感あるフュージョン的?

感じといえば
角松敏生 だった時代があるそうな。















 実は、私はあまり角松の事を知らないの。
杏里とかあのあたりなのに
全くかすってない。

その感じの一番成功したのが
山下達郎だと思うんだけど
もちろん、達郎は大好きなんだけどね。

この9月、大阪のフェスティバルホールがなくなったので
音の悪い大阪のホールでライブをしない
達郎は
関西では神戸国際で2日のLIVEがあっただけ。
これはファンクラブでも取れなかったという
ものすごい倍率で落選w。

その代わりと言ってはなんですが
先週の土曜日に角松敏生のLIVEへ行ってきました。
2回目です。
うちのおじさんがファンなの。

角松と言えば、私が大学の寮にはいっていたころ、
朝目覚まし代わりにオンガクがなってたんだけど、
その時のどれかの週が角松だったのだ。
それで角松を知った私。
田舎の高校生にはない世界だったから縁が遠かったのかも。

昔の角松のアルバムのジャケットを見ると
美脚の女の人のミニスカート(足だけ)
その横にネオンサインみたいなのでアルバム名、
みたいな、
わかる?あの頃のバブルな空気感。

ちょうど、その前日に
あの、神戸ブランドとしてはあの頃、もてはやされていた
ワールドのファミリーセールのチケットが
手に入ったので
ちょっと遊びに行ってきたんだけど。

そこで買ったのが
黒の大きめでラグランなニットに
超ミニスカートそれも黒のスパンコール!

これ、あの頃の角松が好きっていってた子たちが着てた服では?
怪我以来のハイヒールを解禁して
大阪はグランキューブのホールへ行ってきました。
(ここは昔、SBIの株主への会社説明会で行った事がある)
うちのおじさんには
エトロのスカイブルーのペーズリーのシャツ(襟大きめ)を着せて
そのままディスコへ行くカップルみたいな感じw

しか〜し!
大阪のLIVE会場にはきっと昔は
シティガールやシティーボーイだった人たちのはずなのに
もっさいおっさんやおばはんで埋め尽くされていたのだ!
(角松も 黒のブレザーに白いシャツにネクタイで柄シャツとかは着てなかったw
みんな〜。もっとオサレしようぜ〜。

角松は新しいアルバムが出たので
それのツアーだったんだけど、
このアルバムは音が80年代みたいな
あの頃感があって悪くない

ただ、アルバム名が 

Citylights Dandy

この名前痛いな=。
角松も自分でダンディーとか言うんかとか思っちゃうよねw

LIVEの方は、新しいアルバムが主で(当たり前か
昔の私がしってるやつとかはあんまりやってくれなかったけど、
達郎のクラッカーを鳴らす並に
角松のライブでは有名な
紙飛行機を飛ばす



のは、やってきました。↑これ、きれいよ。

角松のLIVEでは入ったらみんなが紙飛行機を折ってるのだ。
そのファンたちがかわいい。

それ以来、
ちょっとあの頃みたいな洋服を着るのが
なつかしたのしで
マイブーム。

今度、あの頃の空気感を知ってるみなさん、
一緒に
そんな洋服を着てあつまりませんかw?
結構、まじ。
で フレンチとかいくとかどう?
ディスコはないか〜。
クラブで80年代のオンガクやってるのに行くとかどう?


終電で帰る
(アッシーはもういないから

2010/09/27

つべこべ言わずに写真をupします。

明日、カメラ教室に3枚もっていかなあかんねんw
なので
お気に召したのがあれば おしえてね〜

というか、時間がなさすぎ。
じっくり考えられないのだ

ロケ地は梅田から靭公園まで
課題はスナップです
ずらずら載せます