2012/12/06

映画『復活 尾崎豊 YOKOHAMA ARENA 1991.5.20』を見たよ

この前に長尺の映画を見たのですが、 
そちらの話はまた後に。 

というわけで、今日は 
映画『復活 尾崎豊 YOKOHAMA ARENA 1991.5.20』を見てきました。 



特別料金で2000円もした 

昔はフィルムコンサートって行ってたけど(確か、死んだ後に見た事がある) 
今はシネマLIVEって言うんだって。 

ミント神戸のシネコンの一番小さいスクリーンの部屋でした。だけど、うちのそこそこ大きいテレビや店の80インチのプロジェクターで見るより全然大きいし、 
音も大きいので映画館で見るだけの迫力はあったと思います。 

1991年というと、もう、20年以上も前なので、カメラの鮮明度がイマイチだったな。 

そして、やっぱり、尾崎は若いままでした。 

フィルムコンサート(と、つい、言ってしまう)だと、見る方の作法がわかりませんw 
まだ、予告編の時に後ろの方から女の人の声で 
「静かにしてください!」 
という怒りを含んだ声を聞いたんだけど、予告編の時ならおしゃべりしたっていいやんね~。そして、ライブなんだから、最後に拍手したり小声で歌ったりしてもいいと思うんだけど、その所どうなんかしら?私は一番前の客だったので他の客の観覧態度はわからなかったんだけど、終始静かでした。 

このライブは尾崎の最後のLIVEツアーの初日で、色々間違えたりしたりして、そこを謝ったり、まだ若い25歳の男子としてのしゃべりの拙さもあって、そこに萌えました。 
もちろん、歌の部分の超絶に上手いところは間違ったにせよ完璧なんだけどね。 

MCのところとかで芝居がかってるのを久しぶりに見てたら、あの後、普通に生きてたら役者の道もあったんじゃないかなって思ったりしました。ほら、吉川とか大友とかあの頃のミュージシャンって今、結構歌いつつも役者してるやん。 

でも、岡村ちゃんタイプだったかもなあ。不器用だし。 

なんて思ったりして。 

FREEZE MOON がすごいよかったです☆ 

シネマLIVEなので評価はなしです 

BIRTHツアーは行こうと思ったんだけど、大学になって友達になった尾崎ファンが行かないっていうから辞めたんだよね。1人で行けばよかったのに。それを今も後悔してるんだ


2012/11/30

みんなで一緒に暮らしたら、を見て来たよ~~~!

危険なメソッドと2本だてでフランス映画、 
みんなで一緒に暮らしたら、を見てきました。 
シネリーブル。結構お年のお客さんが多かったです。



よく、私も酔っぱらったら言うんだけど、 
年取ったら、みんなで暮らそうよ~、っていうの、あるじゃない? 
あれを実践した話。ふむふむ。 
しかーし、そこはおフランスなんですわ~。 
さばけてる~~~! 
日本に置き換えられんw的な、事もあったりして。 

主要キャストはいつも仲良しの二組の夫婦と1人の男友達の、おじいさん、おばあさんたち。おじいさん達はちょっと知らない俳優さんなんだけど(フランスではきっと有名じゃないかな?)、二人のおばあさんは、1人はジェーン•フォンダで、もう1人がチャップリンの娘の、ジェラルディン•チャップリン。ジェラルディンに関してはドクトルジバゴでの娘時代しか知らないので、一気におばあさんになった感じでした。 

ジェーン•フォンダの夫婦は愛し合ってるんだけど、ご主人が痴呆が始まっていて心配で、その上ジェーンは末期の癌なのを隠しています。ジェラルディンの方はご主人は元々の活動家で怒りっぽくてガミガミ、でも、家は奥さんの遺産の家で、結構優雅に暮らしつつも、ちょっとケンるあるような二人。そしてもう1人の男友達はカメラマンで自由に暮らしてるけど一人だからちょっと淋しそう。(多分、奥さんは亡くなったか離婚したか) 

この5人、仲良くて集まってはシャンパン飲んで赤ワイン飲んで、料理を食べてわっはっは。。5人で集まってたら、ほんと、楽しそうなの! いつも右手に大きなワイングラス。って感じ。だけど、みんなの自由も大切にしたいし、で「みんなで暮らそうよ』なんて言ってみるけど、実践するつもりはないわけ。 

そんな中、カメラマンのおじいさんがデート中に(それも若い娼婦と)倒れてしまって、 
老人ホームに息子に(善意で)いれられてしまうの。それをこの4人が奪還に行って、それからみんなでジェラルディン夫婦のパリ郊外の結構大きな家で住む事になるんよ。 

1人、ちょっとかわいい男の子も大きな犬の散歩とみんなの世話と自分の研究してる民俗学の論文「高齢者の一番新しい住まい方@フランス」を書くために同居しちゃう。その彼とジェーンとのほのぼのした恋愛とはいかないまでもの情の通い合いがあったり、進んで、彼の研究のために老人の性欲について話したり。 

いや老人と性、そんな事を実は考える事も面倒くさいし、タブーな気もするのに、この映画ではそこは真正面からどんどん踏み込んでいきます。 
よくヤフーニュースなんかで、世界で一番性欲が薄いのが日本人で週に1回又はそれ以下で、一番強いのがアングロサクソンの方々で週6回!みたいなのがあるじゃない? 
だから、それが年をとっても同じ平行で行くとしたら、日本人は限りなく0に近づくけどアングロはその性欲の置き場に困るってことなんかしら?できなくても、したい、という気持ちに身悶える老人達がいるんよね。そこをどう処理するか、ていう話にも直接的に答えて行きます。それもおじいさんでなく、おばあさんが! 

色々考えさせられたり、ほんとに楽しい映画でした。 

ジェーン•フォンダがお洒落でかっこよくて。あんなおばあさんになりたいなあって思ったよ。そして、フランス人達の人生の楽しみ方。それがおじいさんやおばあさんになっても!この前の「星の旅人たち」のサンチャゴへの巡礼の映画でも思ったけど、ものすごくワインと食事をみんなで楽しむ感じ。あれは、ほんと、いいなあ。憧れる。私はお酒も好きだけどその呑む場も好きなので、そういうのを楽しめる仲間がいるっていいなあって思うんだな~ 

評価 は   
 私は好きなので映画館で見て欲しいけど、テレビでも充分なのでDVD化されたら絶対見て欲しいなあ。 

  >すばらしい→映画館で見てください! 
  >普通よりもいい→DVD化されたらみてね 
  >普通→機会があったらみてください 
  >それ以下→微妙~~~ 


フランス版 予告 
洒落とる~

危険なメソッドを見てきたよ~

シネリーブルで危険なメソッドを見てきました。 



ユングとフロイトが出会い、師弟関係としての蜜月、別れの期間のお話、そしてその二人に関わった1人の美しい患者の物語です。 

この患者を演じているのが、キーラ•ナイトレイで、彼女が超美人なのはみなさんよく知ってると思うけど、その彼女が統合失調症の役なので、ものすごく暴れてほんとにひどい顔をさらけだすのです。顎が信じられないぐらいに延びて、、、私はあまりの怪演にキーラの顔を申し訳なくて直視できないぐらいでした。 

最初にキーラが演じるユダヤ系ロシア人のザビーナ・シュピールラインがユングの病院に入院してきます。もう、馬車から飛び出さんばかりに暴れて、、、。話すことも脈絡なく、本当に凄まじい状態です。ユングはその時、新しい方法だった対話式の談話療法を使ってザビーナのトラウマをあぶり出します。その談話療法を考え出したのがフロイトであり、ユングの憧れの人です。そしてもちろん、そのトラウマとはこの頃の精神療法にありがちな性に関するトラウマです。 

この頃の女性は性的に抑圧されていたから、ヒステリーをおこしがちだったと何かの本で読んだ事があるけど、本当に、それだけで解消できるのかなあ。この頃の女性は娯楽も少なくて、性だけでなく他にも様々なたくさんの抑圧を受けていたと思うので、その中で最も直接的で簡単な解消法が性的な処方だったとしか思えないんだけど。 

まあ、その事はおいといて、ザビーナは自分のトラウマの性的な部分を対話療法で知って性に関して貪欲になって(私的には貪欲だと思わされて)ユングと不倫関係になっていきます。 
実はザビーナは地頭はよくて、良家の出のお嬢さんなので、通院しながらつまり、ユングと付き合いながら医学部へ通って医師、それも精神科の医師となります。ユングから子供を作る事を拒まれたザビーナは破局してウイーンへ、そこでフロイトに師事します。 

ユングとフロイトはザビーナの治療や研究からたくさんの刺激とアイデアを受けて、その後の彼らの論文にや考え方にたくさんの影響を与えたということです。 

この映画は、ユングとフロイトの二人の関係性について深い知識をもってた方がもっと理解できたと思います。私はまだまだ浅かったです。 

ただ、ユングとフロイトが熱烈に感化されあっていたのに別れる要因が、 
フロイトからすると、ユングがどんどんオカルト的なものに興味を持って行って、それを精神の分析にもつかおうとしたのに嫌気がさしたこと、 
ユングからすると、分析の結果をなんでも「性」に結びつけることに嫌気がさしたこと、 
だと思うんだけど、このどっちのタイプも嫌やわ~~~w 

監督はクローネンバーグで、すごい暴力的なシーンがあるかと思ったけど、そういう所はありませんでした。 

評価 は   
 ユングとフロイトに興味のある人はDVD化されたら見てください 

  >すばらしい→映画館で見てください! 
  >普通よりもいい→DVD化されたらみてね 
  >普通→機会があったらみてください 
  >それ以下→微妙~~~ 

あんまり変わらないけど、アメリカ版予告 

2012/11/29

女家族を宝塚映画祭で見て来た

宝塚映画祭に行ってきました。
友達がその宝塚映画祭の実行委員をしていたりしていて、気になっていた映画祭。それも何度か寄せていただいている小さな映画館、売布神社駅のしねぴぴあであるとあって楽しみにしていました。


しかし、最近、私はあまり空き時間のない日々を送っているので見に行けるのは月曜日だけ。本当は見たかった、ジャック•ブラックの「僕らのミライへ逆回転」は月曜にやってなかったので、1961年の古い日本映画「女家族」を見てきました。ポスターを見てたらモノクロかと思ったけど、カラーの映画でした。


フィルムの状態があまりよくなくて、少し揺れるような感じもあり、タイトルを見ているときは少し不安だったんだけど、すぐにストーリーに集中できてそれも感じなくなりました。いい体験でした。

大阪近郊の千里山で暮らす母親と3人の娘達と長女の小学生の娘と。長女はご主人を亡くし、次女と三女はキャリアウーマン。父親の恩給と長女の洋裁の腕と次女と三女のお給料でつつましく暮らしているように見えます。わりと大きな一軒家に住んでいて、そこそこのおうちの人であったと思われます。

あの時代、たくさんの姉妹で関西、と来れば、細雪を連想させますが、ああいう絢爛豪華な錦絵的な話ではなく、お見合いをしたり、旅行にも行ったりするけどかなり庶民派。だけど、次女は鉄鋼関係の商社の事務をしていて、三女はナショナルのショールームで働いているからあの時代では都会のおしゃれなお嬢さんなのです。

演じているのは長女が新珠三千代、次女が久我美子でこの二人がとても美しく、三女は知らない女優さんで活発そうな足の太いタイプの女の子でした。

そんな中、次女や三女に見合い話が持ち上がりますが長女はその話を心から喜べません。まあ、簡単に言うと少しヒスで欲求不満なんですね。次女の不倫や三女の結婚などを絡めて女ばかりの家族はいつも小競り合い。みんな自分のことばかりでお母さんはこんな風に育てたのではないと寝込んでしまいます。お母さんも、私は誰が見てくれるの??的な事もいっちゃうし。

女のイヤな所が満載の映画、、、とも言えます。

だけど、そのストーリー性よりも、その時代の風俗や人々のファッションや家の様子、立ち居振る舞いなどを見てるだけで面白いのです。この映画は、宝塚に映画の撮影所があったときの宝塚映画の作品でロケーションはオール関西ロケ。

あの、今、新しくなった梅田の阪急デパートも、中之島の大きな会社が並んでいる所も宝塚温泉の様子など全てを、自分の近所の昔の様子として楽しむ事が出来ます。

この宝塚映画祭は、宝塚に日本一の撮影所であった頃の映画を見直そうと始まったそうですが、この映画、女家族は、宝塚映画祭で見るには今年一番のコンテンツなんではないでしょうか?
大変楽しめたので、来年も宝塚映画祭では関西ぽい映画を見に行こうと思っています。

宝塚映画祭は30日金曜日まで

2012/11/12

慎太郎と純一郎

暗い事ばかり書いたのでアホなことも。 

80を超えて、また政界に進出しちゃうおじいさん、慎太郎。 
世の中から忘れ去られる事がそんなに恐いのか? 
彼のポリシーは嫌いな方ではないけど、老体にむち打って?冷や水?でやるのってかっこ悪いなあと思うのです。 
彼ほど時代の風雲児だった人なら、余生もご意見番としてのじーさんの席が用意されて仲間から大切にしてもらえると思うののに。 

それから比べたら、純一郎は、早々と引退してオペラに歌舞伎においしい酒を呑んで文化的に暮らしているようで、ほんと、羨ましい。その上、独身を通してるので身軽だろうし、女友達もたくさんいそうだし。 

彼に似たタイプで護煕もいるけど、彼の場合、先祖が偉大すぎてちょっと大変そうだよね。 

あと、茂木健一郎と仲良しの、信哉って人もいるけど、彼の場合は彼自体が何をしたのか?何者なのかが衆知されてない哀しさがあるし、じーさんばーさんがかっこ良過ぎる! 

ということで、現役時代にブッシュJrとプレスリー娘の前でもあんなにはっちゃけられたぐらいに天然な純一郎の老後が一番楽しそう!という事で彼をMr.隠居 としたいと思います。 



しかし、この慎太郎と純一郎の差は 
クリエーターとそうでない人の違いなのかもしれません。 

この前も週刊誌をみてたら、ユーミンの事を声がでない、アルバムが売れない、それと比べて同世代の達郎とまりあとの差よ、などと揶揄されていて、ファンでもないけどひどい書かれように可哀想になったんだけど、あれはユーミンが「クリエーターの性」を持った人であるから隠居できずに何かを作り続けていかねばならない衝動にがんじがらめにされてるのじゃないか、と思うのです。 

慎太郎は、彼の行動や彼自身が思ってる所の美学自体が作品というか、慎太郎自体が現代アートしてしまってるように思えてしまいます。だから、彼の散り際をどのように〆るか、ただそれだけのために寿命と照らし合わせて、ちょっと焦ってるのかもな?と思うのです。 
同じ様に、ポリシーは全く逆だけど、ヨーコ オノも締めくくり方を考えてる1人かな?とも思います。多分ね。 

私は、アートを見るのは好きだけど、クリエーターでは全くない鑑賞者なので、純一郎的にある程度で隠居して、自分の見たいものを見て好きな物を食べて気のあった人達と美味しいお酒を飲んで暮らせたらいいなあと夢見つつ働く日々です